其の六(おやゆき)


不覚…ッ!まさか、受け身を取り損ねるとは!お館様の前で、なんと無様な…ッ!
く…、左足が痛む…。どうやら捻ったようだ…。
しかし、立たねば!お館様が直々に稽古をつけてくださっているのだ!痛みなど感じるな!!

右足に力を込め、ゆっくりと体を起こすが…左足が地についた途端に激痛が走った。
歯を食い縛って何とかそれに耐え顔を上げると、目の前にお館様が。

「…お館様?」
「幸村。足を痛めたな」

――ッ、気が付かれておられる!

「隠さずとも良い。無理は禁物じゃ」
「はい…。申し訳ございませぬ、お館様…」

情けなくて、不甲斐なくて…消えてしまいたい気持ちになった。
思わず上げた顔を伏せたその次の瞬間――目の前に赤が広がる。そして力強い腕に掴まれ、体が持ち上げられた。
不安定な体勢に本能が危機を覚え、咄嗟に伸ばした両腕が回ったのは太い首。
…ふかふかの赤。いつもより高い視線。………もしや。いや、間違いない…ッ!

「お、おおお、お館様ッ?!」

お館様が、この幸村を背負っておられる…ッ!!!

「降ろしてくだされ、お館様!幸村は1人で歩けますゆえ!」
「馬鹿者、暴れるでないわ!落としてしまうぞ」

恐れ多くて、恥ずかしくて、足が痛むのにも関わらずお館様の背で懸命に主張していたのだが。
落ちる、と聞いた瞬間、無意識に腕に力を込めてお館様にしがみ付いてた。

「そうじゃ、それで良い」

満足そうに笑うと、お館様はそのまま屋敷の方へと歩き始める。ゆっくりと、俺に負担をかけぬように。
――そういえば、子供の頃はよくこうしてお館様の背に乗せていただいた。
稽古で気絶したり…俺が寝入ってしまったり…。気がつくと、こうしてお館様の背にいた。
それで慌てて降りようとすると、いつもお館様はおっしゃったのだ。「気にするな。そのままでおれ」と。

あの頃と変わらず、お館様の背中は広くて…暖かくて…。この上ないほど安心できる…。
ゆらゆらと揺れるこの感覚が…また心地良くて……眠気をさそうのだ…。
お館様…大好きでござる…。もっと精進し…必ずお役に立ってみせますゆえ…この幸村を…いつまでもお傍に…。






其の七(チカナリ)※一応、其の四の続き
※当サイトのチカナリ(ギャグver)は、限りなくチカ←ナリに近いです。チカは大抵無自覚なので(つまりカプとしては成立してないってことです。チカ⇔ナリ状態)


今日も日輪が昇った。空は晴天…フッ、日輪よ…この幸せ…。
このような日は、海も穏やか…船を動かすには調度良い。訓練がてらに少し遠回りしてもよかろう。
…長曾我部はどうしているか…。フン、くたばっておらぬか我が見に行ってやろう。

「…元就様、いっつもそう言って四国に行くよな…」

何だ?今何か聞こえたような………何も聞こえなかった、だと?ふむ、では我の空耳か…。
そうこうしているうちに、鬼の住む島が見えてきた。攻め込みにきたわけではないゆえ、小船で島へと近づく。
フン、相変わらずずさんな警備よ。こうも易々と敵国の将を己が領域に踏み込ませて何とも思わぬのか。

「…っていうか元就様、四国来過ぎだし…。もう、馴染んでる感があるよな…」
「そうそう、警戒されてないって言うか…現に、毎回長曾我部殿に会いに行くだけだし…」

…やはり、何か聞こえたような気が………そんなことはない、だと?我は疲れているのか…?
島に船をつけると、長曾我部軍の兵士に出迎えられた。さて長曾我部はどこに………ん?

「どりゃぁぁああっ!」

………そこか。しかし何をやっているのだあやつは。何かを必死になって海に向かって撒いているが…。

「長曾我部。…長曾我部。長曾我部、聞こえぬのか長曾我部!長曾我部元親!!」
「お?おう、毛利か」
「…貴様、そのように真剣になって何をしている」
「あぁん?カモメに餌やってんだよ。奥州でやれんなら、ここでできねえわけがねえ!」

………奥州で何があった…。
我が胡乱げな目で見ると、長曾我部は何やら楽しそうに説明をし始める。どうやら奥州のカモメは、餌を撒くと寄って来るらしい。それを真似たいというわけか…まったく、呆れるほど幼稚な男よ。
説明を終えると長曾我部はまた餌を撒き始めた。そう言われれば確かに、カモメに向かって投げてはいるが…どう見ても、カモメにぶつけているようにしか見えぬぞ。

「ちぃッ、なかなか上手くいかねえな…」

我が思うにその投げ方が………と、待て。貴様…なぜ我がこうして四国にいるというのに放置している?

「…気合い入り過ぎか?俺。よっ、と………っしゃあ!ついにあいつら、俺の餌を食ったぜぇ!!」

いつもなら我を城や屋敷に案内し、もてなすではないか。…今日は一体どういうことだ。
まさか…我がカモメに劣るというのか?!くっ、計算していないぞ…!許すまじ…カモメェエ!!

「はっは!やっぱり俺に不可能はねえ!この調子で、カモメどもを手懐けてや――」
「からすきの星よ、我が紋よ!」
「は?はぁぁああああ?!て、てめえ何しやがる!せっかく上手くいきかけてたのに邪魔しやがって!!」
「…フン、ここのカモメは日輪に捧げ奉られたのだ…光栄に思え」

長曾我部め…何やら後ろで煩く喚いているが、我にはどうでもよい。元はと言えば貴様のせいではないか!
我こそは日輪が申し子、毛利元就!…我よりカモメを優先する貴様が悪いのだ!!






其の八(こじゅまさ)


「ん…なぁ、こんなんじゃ満足できねえよ…」

政宗がそう懇願しているというのに、彼を見下ろす双眼はまだ躊躇いの色を帯びていた。
遠慮しているのか力を加減してくる小十郎に、政宗は焦れる。
だがその小十郎の途惑いも、一つしかない竜の目がじっと見据えればやがて消えてしまった。

「んぁ……く…ぅん…」

待ち望んでいた強い刺激が訪れて、政宗の体の中から歓喜が沸き起こった。
余程気持ちがいいのだろうか。鼻にかかった甘ったるい声を耐えることなく零している。

「あ…いいっ、こじゅ、ろ……そこ…っ…!」

ようやく小十郎が政宗の望む所を探り当てた時には、政宗は素直に言葉にして強請った。
途端、グッと今まで以上に力が入る小十郎の体。

「ふ…ぁっ!…いっ…つぅ…!」
「も、申し訳――」
「いい、やめるな!やめたら、許さねえっ…!…ぁ…そう、だ……もっと…!」

痛いと言った政宗の声に瞬間動きを止めた小十郎だったが、促されるままに再び動きだした。
政宗は嬉しそうに目を細め、逆に小十郎は何かに耐えるように眉を寄せる。

「んん……あぁ…っ、ふ…ぅ……もっと…もっと、強、くっ…」

だがそれも無駄な抵抗だったのか。
何度も鼓膜を震わせる吐息混じりの政宗の声に、小十郎の喉が大きく上下に動く。それは未だ残る小十郎の理性をガンガンと揺さぶり――。

「あ、んぁ…!は…っ、こじゅう…ろっ…」
「………政宗様」

――はしたものの、崩壊させるには至らなかった。
スッ、と小十郎は政宗から手を引く。すると布団の上に横になっていた政宗が肘をついて上半身を軽く起こした。

「Ah?んだよ小十郎?やめんなって言ってんだろ」
「…政宗様。………ワザとですな」
「What?何のことだ?」

そう言う政宗が心底楽しそうな顔をしていて、自分の予想が当たっていたと知った小十郎は溜め息を零す。

「そのように小十郎を煽るのはやめていただきたい…」
「何言ってんだ。お前のマッサージが気持ち良いだけだぜ?ほら、早く続きしろよ」

白々しく言って再び横になる政宗は、勝ち誇ったような笑みで小十郎を見上げた。
思わず本当に襲ってやろうかと思った小十郎だったが、それでは政宗の思うつぼだと思い直す。
しょうがねぇな、と呟いた小十郎は腕に力を込めた。反省の色もない悪い子には仕置きが必要だ、と。
――政宗が激痛と降参の叫びを上げるまで、あと少し。






其の九(こじゅまさ)


ついに、取った――。
念願の奥州平定を成し遂げ、俺達伊達軍は今までにない喜びに沸いていた。
勝利の宴も、今日ばかりはいつものものとは規模が違う。
用意された酒は尽きる気配を見せねぇ。「浴びるように酒を呑む」と言うが…むしろ皆本当に酒を浴びている。
斯く言う俺も、さっき四方八方から酒をぶっかけられたばかりなんだが…。くそ、ずぶ濡れじゃねぇか。
…まぁ、悪い気はしねぇんだけどな。

周りを見渡せばそこら中に嬉しそうな笑顔。自分達が歩んできた道が形になったんだ、嬉しくないわけがねぇ。

「小十郎様!感激…感激ッスよォ!」
「筆頭に、ぐすっ、一生ついて行きますぜ、小十郎様〜」
「ああ、わかったから落ち付け」

…ちなみにさっきから俺の周りにいる連中は、何故か大半が感極まって男泣きをしている…。
何か俺が泣かせたみたいで少し勘弁してほしいんだが…って、オイ!俺の足にしがみつくのはやめろ!
ちっ、テメェらもう酔っ払ってやがるな!!

「Hey 小十郎、楽しんでるか………って、すげえ光景だな」

………政宗様、笑って見ていないで助けていただきたい…。

「頭ぁ〜!ひっく、おめでとうございます〜〜!」
「おう、おめえらもよくやってくれたぜ。で、話は変わるが小十郎返してくれねえか?」
「は、はいっ!」

政宗様がそう言った瞬間、俺は確かに見た。笑っていたはずの目がギラリと光ったのを。
間髪入れず、俺の周りにいた奴等が全員ザッと引く。…あいつら、今ので酔いが一瞬にして覚めたに違いねぇ…。

その後すぐ、政宗様は用があると言って俺を宴の席の隅へと連れ出し………そのまま黙り込んでしまった。
隣に立つ俺に少し寄りかかり、騒ぐ皆を見ている。その目は、いつもの鋭さが嘘のように穏やかだ。
自分を信じて力を揮ってきてくれた皆に感謝しているのだろうか。
預けられた重みが少し増す。…やがて、俺と同じように酒で濡れたその頬にスッと一筋雫が伝うのが見えた。

「小十郎」

だが、感動に浸るのはそこまでだったのだろう。俺を呼んだ政宗様の声は、いつもと寸分変わらなかった。
見上げてくるその目は既に竜の眼差しへと戻っている。満ち溢れる自信と覇気が、口元に笑みを形作る。

「ついてこいよ」

天を目指す独眼竜を前にして、俺は体中に震えが走るのを感じずにはいられなかった。
喜びを噛み締めながらも、このお方は満足などなさっていない。ここはまだまだ通過点なのだと――。

一言だけ告げると俺の返事を聞くこともなく、政宗様は再び宴の輪の中へと戻って行く。
その背をしっかりと目に焼き付けながら、俺は今一度、貴方を守り続けることを他の誰でもなく己自身に誓った。






其の十(こじゅまさ)


 ようやく遠目に見付けた探し人は、真っ赤な血溜まりの中で仰向けに横たわっていた。
 どこか非現実的に、その腹に深々と突き刺さる凶器。近づく程に濃くなる血臭。

 信じられなかった。信じたくなかった。

 「小十郎――ッ!」

 圧倒的な強さと絶対の信頼をもって、オレと共に戦場を駆けたその男が。
 誰よりも傍にいて、誰よりもオレを知り、誰よりも心通わせたその男が。
 時に優しく、時に激しくオレを慈しみ愛してくれたこの男が、オレの前から奪われようとしているなどと。

 「小十郎!聞こえるか、小十郎ッ!!」

 駆け寄りながら力の限り声を張り上げる。
 するとオレの声が届いたのか、二度と開いてくれないかと思っていた小十郎の目が薄く開いてオレを映した。
 僅かに持ちあがり、オレに向かって伸ばされる震える左手。
 だが小十郎の手を取ろうとしたまさにその時、それはオレの目の前で力無く崩れ落ちたのだった。

 「駄目だ、死ぬんじゃねえ小十郎ッ!」

 重力に逆らうことなく引かれ落ちた左手。もう力すら入らぬのか、オレが指を絡めても握り返してこなかった。
 悲しみが胸に込み上げて、視界が徐々に滲んでいく。
 嫌だ、嫌だ嫌だ、止まってくれ。小十郎が、見えなくなるじゃねえか…っ!
 何とか目をこらして小十郎をじっと見つめると、呟くように小十郎の唇がゆっくりと動いた。見慣れた、形で。

 音無き言葉で綴られたのは、オレの名前だった。

 瞬間、溢れる涙を止めることなど出来なかった。
 言葉にならない様々な感情が止めどなく襲いかかり、この胸を締め付ける。苦しくて、切なくて、息が出来ない。
 いかないでくれ。もっと傍にいてくれ。オレを独りにしないでくれ――。

 ――だが、世界は無情にも終わりを告げた。

 「……小十郎?」

 静かに閉ざされた瞳。
 微動だにしなくなった胸。

 オレは右眼を、再び失ったのだ。
 最も大切な者を、永久に亡くしてしまったのだ。

 「小十郎ぉぉぉおおおおおッ!!!!」

 この悲痛な呼び声も、縋り付く腕の強さも何もかも、もう二度とお前に届かない。

※ ※ ※

真夜中に突然おいでになった政宗様は、俺の顔を見た途端に顔を歪め、体当たりするように抱き付いてきた。
何があったのか尋ねても、決して口を割られない。
ただ肩を小刻みに震わせながら、俺の肩口に顔を埋めるようにしてしがみついている。

その姿に、まさかと思う。このお方も、俺が見たような夢を見ていたのだろうかと。
あの安堵と傷愴が入り混じったような表情が、痛いほど俺の胸に突き刺さる。
「ただの夢です。ご安心召されよ」そう言えたら、どれだけ良かったか。
このお方を守って死ぬことを――置いて逝くことを覚悟している自分を、これほど憎んだ日はなかった。




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