其の壱(こじゅまさ)


夕刻。届いた書状を読み終えて一息つくと、部屋が薄暗くなってきていることに気がついた。
Unbelievable!ついさっきまでは明るかったぜ?「秋の日は釣瓶落し」っていうのは伊達じゃねえな。

こうして驚いている間にも、部屋が少し暗くなったような気がした。
これじゃあ手元が見えなくなるのも時間の問題だ。明かりを付けねえと…。

そう思って顔を上げた瞬間、視界の隅で人影が動いた。
小十郎だ。
すっと無駄のない動作で立ち上がり、手早くオレの部屋に明かりを灯す。
あっと言う間の出来事だった。

「…Thank you,小十郎」
「礼を言われるような事ではありませぬ、政宗様」

そう言うと、小十郎は元の位置に戻って腰をおろす。オレが書状の返事を書くのを待っているんだろう。
けど悪ぃが、オレの頭ん中からは書状のことなんか吹っ飛んじまった。

「なぁ小十郎」

文机を押し退けて、座ったまま小十郎の方へと身を乗り出す。呼ばれた小十郎が律儀にオレに近づいた。
元々あまり離れた位置にいたわけじゃねぇし、すぐさま距離が近くなる。

「何でお前、オレがしたい事がわかるんだ?お前もしかしてエスパーか?」

冗談混じりの声音で挑発的に笑って見上げれば、意外にも不敵な笑み。

「この小十郎、斯様な能力など持ち合わせてはおりませぬが」
「じゃあ何でわかるんだよ?」
「いつも政宗様のお傍におりますからな。政宗様の事となれば、この小十郎にわからぬわけがございませぬ」

自信たっぷりと、あたかも当然のことだと言わんばかりのその言葉。ハッキリ言って予想出来ていたのに、いざ聞くと不覚にも顔が熱くなるのを感じた。
明るい部屋の中じゃあ思いっきりバレてんだろな。心なしか、小十郎の笑みが勝ち誇ったようなものに見える。…Shit!

「Hey,小十郎」

少しばかり悔しくて、反撃を試みようとした。

――が、オレの手が小十郎の襟首を掴もうとしたその瞬間、大きな手が素早く後頭部に回される。
と同時に強引に引寄せられて、今まさにオレが塞ごうとしていた唇に口付けられていた。






其の弐(こじゅまさ)


朝、目を覚ますと途端にひやりとした空気を感じた。
つい先日まで茹だるような暑さだったてのに…季節の移り変わりは早ぇもんだ。
そういえば、いつの間にか虫の音が聞こえるようになった。すっかり秋になっちまったな。

いつも着ている着物じゃ寒そうだが…かと言って、厚手の物を着るにはまだ早過ぎる。
朝夕は一枚何か羽織るようにするのが良さそうだ。
季節の変わり目は、体調を崩し易い。俺には寝込んでる暇なんてねぇからな…念には念を入れておくとする。

…さて。登城にも朝餉にもまだ時間はある。畑の野菜でも見に行くか。
確か、そろそろ里芋が収穫時だったはずだ。植えたての大根や人参の様子も見てやらねぇと…。
………ん?俺の畑に人影が…。

「Good morning,小十郎」
「政宗様?おはようございます」

驚いた。まさか政宗様がいらっしゃるとは。

「このような時間に…いかがなされた?」
「Ah〜、なんか目が覚めちまってな」
「それなら、今しばらくお休みになられても…」
「いや、たまには breakfast に使う野菜を自分で選ぼうと思ったんだよ」

政宗様は料理好きだ。俺の育てた野菜を見ながらそうも嬉しそうな顔をなされると、それ以上何も言えなくなる。
まぁ、早起きは三文の得だ。その点は悪いことじゃねぇから別に小言を言うつもりはねぇんだが…。

「政宗様、斯様なお姿では風邪をひかれますぞ」

流石に、薄手の小袖一枚の格好には一言言わせていただきたい。

「Ah?Don't worry,オレはそんなにヤワじゃねえ」
「何をおっしゃられる。御身をもっと大事にされよ。政宗様はこの奥州を――」
「やれやれ、いつもの小言は聞き飽きたぜ」

まったく、この方は…。俺の身にもなっていただきたい。貴方を心配しているからこそ、こうして口煩く言うというのに。
仕様がねえ。俺の着ていた羽織りでも肩にかけてもらうとするか。

「…これじゃ、お前が風邪ひくだろうが」
「構いませぬ」

とは言ったものの、羽織りを脱ぐとやはり少し寒い。政宗様にお貸しした事は正解だったが…。
…と、いきなり何ですか政宗様。少々重たいのですが。

「ごちゃごちゃ煩えな。オレは今お前専用の羽織りなんだよ」

…どこに「ほら、ありがたく温まりな」などと偉そうに(しかも嬉しそうに)言う羽織りがあるのです。
まったく、本当に仕様がないお方だ。

………肌寒い朝も悪くないとか思っちまった俺も、始末におえねぇけどな。






其の参(こじゅまさ)


最近小十郎が変だ。どうにも、オレに隠れて誰かと文のやり取りをしているらしい。
小十郎のことだ。万が一にも伊達家を裏切るわけがねえから、そういう心配はしてねえ。
………But,だから余計に気になるだろうが。その、う………浮気とか。

てなわけで、オレは今小十郎の部屋の隣室に潜んでいる。と、帰ってきたな、小十郎だ。
城下に行ってたらしいが…ん?懐に手を………出た、文だ!やっぱりか!!
ちぃッ、流石にここからじゃ文面までは見えねえ。…誰だ!誰がオレの小十郎と文通なんてしてやがる!

「やれやれ…本当にマメな野郎だな、猿飛は」

さ…猿飛!?猿飛って言ったら、武田の忍じゃねえか!一体どういうことだ?!
………そういえば、この前オレと真田幸村が battle してた間、あいつら二人で何か話し込んでたな。楽しそう…だった気がする。しかもかなりお互い話に夢中になってて、オレらの battle が終わったのにも気がつかなかった。
…まさか小十郎、………あんな猿と…?いや、まさか!そんなことあるハズがねえ!!

「こうも熱心に言われると、本気にするぜ?猿飛。俺を自惚れさせんなよ」

って、何だよそれ!?何でそんな穏やかな面で、んな声で言うんだよ!何でそんな…嬉しそうなんだよ!

「好きになっただなんて言われりゃ、悪い気はしねぇしな」

止めろ!それ以上聞きたくねえッ!!

「小十郎ッ!一体どういうことだ!!」
「ま、政宗様?!なぜそのような所に!?」
「許さねえぞ小十郎!お前はオレのものだ!武田の忍なんかに渡すかよ!!」
「…は?政宗様、一体何を――」
「Shut up!誤魔化しても無駄だ、全部聞いてたぜ!あんな猿にお前の心が傾くくらいなら、いっそのこと…!!」
「政宗様!落ち付かれよ!何か酷く誤解をなさって――」
「I don't want to hear it!何が誤解だ!」

この文が動かぬ証拠じゃねえ………か…?

『〜〜片倉の旦那の言う通りに育てた野菜、順調に育ってるぜ。もうすぐ収穫できそうかな。もう俺様大感激!何度も言ってるけど、やっぱあんたは野菜作りの名人!間違いないね!
しかもさ、この前教えてもらった野菜の料理、大将と真田の旦那に本当に好評で!二人共肉好きだったのに、今じゃすっかり野菜も好きになって…これも全部旦那のお蔭だね。感謝感謝。
是非とも、もう一品教えてくれない?俺様特製料理をまた大公開するからさ!絶対美味いぜ?〜〜』

………何だ、こりゃ。…野菜作りの指南に、レシピ…?

「申し訳ありませぬ政宗様。相手が相手でしたので、言い出し辛く――」

………そうだな、確かにそうだな。一応こいつ、敵国の忍だもんな。
頼む、もう何も言うな小十郎。…取りあえずオレもそのレシピ交換文通に混ぜろ。それで許してやる。
――ッ、Shit!笑うんじゃねえ!お前が間際らしい発言するからだろうが!!






其の四(奥州双龍+元親)


「こっちの海は、青くねえんだな」

不思議そうな顔をして海を覗き込むのは、西海の鬼・長曾我部。先日の合戦で、このヤンチャな海賊は政宗様と意気統合したらしい。
こうしてわざわざ「お宝捜し」とやらの合間に奥州まで訪ねてくるし、政宗様も何度か四国を訪れている。
…まあ、俺もこの西海の鬼のことは嫌いじゃねぇんだがな。

「アンタのところの海は、綺麗な色をしてたな」
「だろ?あの海を船で進むのは最高だぜ!」

俺は楽しそうに会話をする2人に近寄ると、手にしていた物を政宗様に差し出した。

「お、thank you 小十郎」
「あぁん?そりゃ一体何だ?」
「Ha,まあ見てな」

そう言うと、政宗様は俺が渡した袋に手を入れて中身を掴み、海に向かって勢いよく投げた。
途端、飛んでいた幾羽ものカモメ達が、それ――餌を求めて近づいてくる。
その様子を見た瞬間、長曾我部の目が好奇心に輝いた。

「すげえじゃねえか!随分と人間に慣れてるんだな!」
「アンタもやってみるか?」
「おう!」

長曾我部が政宗様のように餌を投げてみると、やはりカモメ達が寄ってきた。
その度に「おお!」だの「すげえ!」だの、いちいち叫びながら感動してやがる。見ていて飽きねぇ野郎だ。
政宗様はというと、長曾我部から顔を背け、口元を押さえながら肩を震わせている。どうやら笑うのを必死に耐えているらしい。

「って、おい!何笑ってやがる!」
「も、もう駄目だ!は、腹がいてえ…ッ!」

さすがにその政宗様のご様子に気がついたらしく、長曾我部が怒鳴ったが、政宗様はついに腹を抱えて笑い出してしまった。笑いすぎて、左目に涙すら浮かんでいる。

「笑うなって言ってんだろうが!」
「ッ!てめ、何しやが……Shi―――tッ!」

それを見た長曾我部は、ついにブチ切れたらしい。手にしていたカモメの餌を、政宗様に向かって投げ付けた。
瞬間、政宗様にカモメ達が群がる。それを見た長曾我部が、今度は大爆笑だ。

「はっは!いいザマだぜ!!」
「やりやがったな…。上等だ、アンタ上等だぜ!」
「うおっ!やり返すこたぁねえだろうが…って、痛ッ!髪まで食うな、髪!」

その後は政宗様が同じように長曾我部に向かって餌を投げ、そこからお互いの応酬が続いた。
二人の間を餌が物凄い勢いで飛び交い、カモメが乱れ飛ぶ。
お互い一歩も退く様子はねえ。…目が本気(マジ)だ。本気でやってやがる。
図体ばかりがデカいガキが二人…か。やれやれ、仕様がねぇ似た者同士の坊や達だぜ。

「くたばりやがれ!」
「はっ、てめえこそ!」
「おめぇら、いい加減にしねえか!!」
「「…はい」」






其の五(こじゅまさ)


「小十郎、頼むぜ」

政宗様はそう言うと、手に持っていた物を俺に手渡された。
黒い眼帯。
政宗様は、他人がこれに触れることを酷く嫌う。――俺は、それを許された唯一の人間だ。
…それだけじゃねぇ。
政宗様の右目の傷を見ることも、その傷跡に触れることも、この世で唯一人俺にしか出来ない。
だからこうして、政宗様が眼帯を着ける時に居合わせられるのも、政宗様がそれを任せるのも、俺だけだ。

手渡された眼帯を手にしたまま、俺は目の前の政宗様を見下ろした。
左目は軽く閉じ、長めの前髪から覗く右目の傷跡を隠そうともせず、自然体のまま立っている。
少しだけ上を向いたその姿は…酷く無防備だ。

――その姿を見るたび、俺の中に一つの感情が沸き上がる。
それは間違いなく、喜びに部類される感情だ。身を震わせるほどの歓喜だ。

政宗様はそれ以上ないほどの信頼を、俺だけに向けてくださっている。
俺と政宗様の間には、誰にも断ち切れぬほど堅く揺るぎない絆がある。

この傷跡が。他の誰でもなくこの俺がつけた一生消えることのない傷跡が、その証なのだ。

思わず衝動的に、俺は政宗様の前髪を掻き上げて、その傷跡に口付けていた。

「こ…小十郎?!」

一瞬のうちに政宗様の頬に朱が走る。上擦った声で俺の名を呼ぶ姿がまた愛しくて堪らねぇ。
啄むようにもう一度唇を落とすと、政宗様の体がぴくりと跳ねる。
逃げられないように、髪を掻き上げる手とは別の手で肩をしっかりと掴んだ。

「い、いきなり何しやが――あっ」

引き攣れたような傷跡にゆっくりと舌を這わせた途端、声が上がった。
ぴちゃり、と音を立てて丹念に舐め上げると、政宗様の肌が震える。首元に当たる吐息が熱い。
咎めるように俺の腕を掴んでいた震える手が、徐々に力を無くしていく。

「…ん…、ぁ…こじゅ…っ…」

甘く掠れた声に名前を呼ばれて、ぞくっとした。…ヤバイくらいに。
…この辺りでやめねぇと、本当に止まらなくなっちまう。
ぐっと堪えて、政宗様から身を離す。
………政宗様、そのような目をなさいますな。こちらから手を出しておいて何ですが…朝ですぞ。

俺は溜め息をつきながら、手にしていた眼帯で手早く愛しい傷跡を隠した。
最後にもう一度だけ、眼帯の上から静かに唇を寄せて。




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