無機質なハンターベースの廊下。それゆえに、そこは音というものがよく響く空間である。 そして今日もいつものように、その音は気持ちいい程響き渡った。 「ゼロ先輩!」 声と共に次第に近付いてくる足音。 名を呼ばれたゼロは歩みを止め、静かに背後を振り返った。 駆けてくるのは、同じ部隊に所属している彼の後輩のエックスだ。気が付いてもらえたことに安心したのか、笑顔を浮かべてゼロの前までやってくる。 「どうした、エックス」 言葉と共にゼロが見下ろすと、エックスは息を切らせながらも顔を上げた。 「シグマ隊長が、先輩のことを探してましたよ。多分、さっきのミッションのことじゃ…」 先輩、隊長に報告してないんじゃないですか? と首を傾げて尋ねる。 「…後で報告する」 「先輩…毎回それですよね…」 苦笑を浮かべながらそういうエックスは、絶対ですよ、とゼロに釘を刺した。 それに了承の言葉を返すと、ゼロは前に向き直ってまた歩みを再開させてしまう。瞬く間に出来た距離に、エックスは「あ…ゼロ先輩…」と思わず声を出した。 しかし彼の歩みは止まらない。エックスはしゅん…と肩を落として項垂れた。 ゼロが振り返ったのはその時だ。 「オレはメンテナンスに行く。おまえも一緒に来い。どうせまだだろう?」 「は、はいっ!」 ぱっと笑顔を浮かべ、足音を立てて駆け出すエックス。 エックスが追い付いてきたのを確認すると、またゼロは歩き出した。 彼が薄く微笑んでいることを、後ろにいるエックスは知らない。 「あの、ゼロ先輩!」 しばらくすると、いつものように自分の前を無言で歩いていたゼロにエックスが声をかける。 今度は先程のように歩みを止めることはなく、前を向いたまま「何だ?」とゼロが返した。 「さっきはありがとうございました」 立ち止まり、軽く頭を下げるエックス。 先刻のミッションで、エックスはゼロに庇われていたのだ。 イレギュラーを前にして、一瞬バスターを撃つことを躊躇ったエックスは、別のイレギュラーに背後から狙われていることに気が付いていなかった。そのピンチを救ったのがゼロだったのだ。 「…おまえは甘すぎる。戦場では一瞬の隙が命取りになるんだぞ」 「はい。すみませんでした」 「その優しさはおまえらしいがな。今後は気を付けろよ、エックス」 「はい…って、わわっ、置いて行かないでください! ゼロ先輩!」 歩き続けていたゼロは1人でもう随分と先まで行ってしまっていた。彼に追いつくためにエックスは焦りながら、また音を立てて駆け出すのだった。 今日も今日とて、ハンターベースには同じ足音が響き渡る。 近付いてくるその足音に、ゼロの口元が僅かに緩んだ。 名前を呼ばれて振り返ってやれば、嬉しそうに笑顔を見せる彼。 本当は、いつでも気が付いている。 駆けてくる足音だけで、それが彼なのだと。 でも、足音に気が付いてもすぐには振り返ったりはしない。 そうすれば、やがてあの声がこの名を呼んでくれるから。 あの足音が聞こえるだけで心が弾み。 あの声が名前を呼んでくれるだけでどこか満たされる自分はおかしいのだろうか。 でも。 自分のもとに駆け寄るその足音が心地良くて。 自分の名を呼ぶその声音がたまらなく好きで。 だから、わざと気付かぬフリをするのだ。 「ゼロ先輩!」 今日も、その音を聞くために。 END 設定としては、「運命の悪戯」の続きっぽい感じで。「噂」とは時期が同じ頃です(多分これの続き)。 憧れの先輩ハンターを追いかけて、後ろをついて行くエックス(イメージは子犬/笑) 恐れられ、皆が一線引いている自分を純粋に慕ってくる後輩が気になるゼロ(イメージは一匹狼) …みたいな感じで(笑) 桐屋かなる 2005.2.11 |
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