『"あの"ゼロが、特別に目をかけている奴がいる』

それはハンターベースの中で、実しやかに囁かれるようになった噂の1つだった。








元々ハンターベースの中では、嘘か真か分からぬような噂話が流れることが多い。皆、警備や戦いに明け暮れる日常に退屈していたり疲れていたり、また変わった刺激が欲しいものなのだ。
だから、あることないこと吹聴している奴もいたし、皆もそれを知っていた。ゆえに、大抵の噂話は本当のことだとは信じられることはなく、皆ただその内容を楽しんでいるだけだった。

…だが、今回は違った。
なぜなら、噂の対象になった人物が人物だからだ。


第17精鋭部隊所属、ゼロ。

『紅蓮の鬼神』や『赤き衝撃』などとも称されるこのレプリロイドは、その特出した戦闘能力と、何にも興味や関心を持たぬことでハンターベース内では有名だった。
「触らぬ神に祟りなし」とでもいうように、今までこういった噂話の中に彼の名前が上がることはなかったのだが…。


それだからこそ今回のこの噂は、ハンター達にとって真実味を帯びているように思えたのだ。
それに、興味もあった。"あの"ゼロが執着している奴がいるなど、皆気になってしかたがない。


噂は鎮まる気配を見せず、あっという間にハンターベース内に広まった。

それは広まるにつれてどんどん尾ひれをつけ、「特別に目をかけている奴」から「後生大事にしている奴」に変わり、ついには…。





その日、ゼロはエネルギー缶を片手に次のミッションの書類に目を通そうとしていた。一応重要書類扱いなので、面倒ではあるが毎回見ておくことにしているのだ。
自分の椅子に腰をかけ、つらつらと連なる文字列を追い始めたところで、バタバタと大きな足音がここに近づいて来ていることに気が付く。
そしてその音の主は、迷わず第17部隊室に飛び込んできた。

「ゼ、ゼロ先輩!」
「お前か、エックス。どうした?」

書類から目を離さず、来訪者に声をかけるゼロ。そのまま、エネルギー缶に口を付け――。

「あの、恋人がいるって本当ですか!?


――思いっきり吹き出した。


「………」
「わ、わぁっ! ご、ごめんなさい先輩! 大丈夫ですか!?」
「…あ、あぁ、オレは別に平気だ…」

重要書類は見るも無残になってしまったが。

と最後までは、ゼロは言わなかった。言えば、真面目なエックスが心底困ってわたわたするのが分かっていたからだ。
さり気なく濡れた書類を自分の後ろに隠し、エックスに向き直る。

「…まずは落ち付け」

そう言って、自分の飲みかけのエネルギー缶を渡す。エックスがそれを嚥下するのを見届けてから、ゼロは口を開いた。

「…で、いきなり何なんだ? その質問は…」
「あ、あの、だって、皆がそうやって話してるんです…。『ゼロに恋人が出来た』って…」

思わずゼロは額に手を当てて椅子の背にもたれかかった。
噂がどんどん尾ひれをつけ、広まっていたのは知っていた。嫌でも耳に入ってくるので内容も把握している。
だがまさか、この後輩までもがあの噂を信じているとは思っていなかったのだ。あんな噂話を、だ。

「ごめんなさい、先輩…おれ…」
「……は? で、何でお前がそこで謝るんだ?」
「だっておれ、ずっと先輩の後ろばっかり追いかけてたから…。先輩、恋人の方と会う時間、なかったんじゃないですか?」

なぜそうなるんだ。と考えたゼロは、一瞬出遅れた。

「ごめんなさいゼロ先輩。おれ、先輩が少し優しくしてくれたからって自惚れてました。最近なんか、毎日ミッションの後にバスターの練習に付き合ってもらって……」
「ちょ、エ、エックス?」
「おれ、きっとお邪魔でしたよね。ごめんなさい、ずっと気がつかなくて…。今まですみませんでした!」
「お、おい待て!!」

クルリと背を向け走りだしたエックスの腕を、部屋から出る寸前のところでゼロは掴むことに成功した。
落ち付け、オレ…と自分を宥めて、ゼロはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「いいかエックス、よく聞け。あれはただの噂話だ」
「え…?」

恐る恐るといった感じで、エックスが振り返る。その顔を見ながら、ゼロはもう1度「ただの噂だ」と繰り返した。

「だ、だって…」
「お前は、あんな噂話とオレの言葉とどっちを信じるんだ?」
「そんなの、ゼロ先輩の言葉に決まってますけど…。で、でも、よく考えてみたら、ゼロ先輩みたいな人に恋人の1人もいないなんて変じゃないですか?」

俯きながらそう言うエックスに、ゼロは思わず苦い表情を浮かべる。
それはお前が、"エックス"と出会う以前のオレを知らないからだ…と。

「とにかく、今のオレにはそんな相手はいないし、お前が邪魔になっているだなんてこともない。お前の杞憂だ」
「本当ですか? …じゃあおれ、先輩と一緒にいてもいいんですね」

嬉しそうにふんわりと微笑んだエックスに、ゼロは体内オイルの循環が速まるのを感じた。

「(こ、こいつ…天然だからタチが悪い……)」

思わず片手で顔を覆って、エックスから視線を外すゼロ。

「先輩? どうしたんですか?」
「い、いや…何でもない。…第一、ミッションの後の訓練だって、オレが言い出したことだろうが。何1人で勘違いしてやがる」
「…あ、そう言えばそうでした。あはは、おれってば何焦ってたんだろ?」

1人不思議そうに首を傾げるエックスを、ゼロは黙って見ていた。

「本当にすみませんでした、先輩。変なこと聞いちゃって。…あ、そろそろ今日のミッションの時間ですね。おれ、もう行きます」


それじゃあまた後で、と言いながら駆けて行くエックス。それを見届けて、ゼロは再び椅子に腰を下した。
そして、苦笑を浮かべながら先程までのエックスを思い出す。

「あの様子じゃ、知らないのだろうな…」

最近また尾ひれの付いたあの噂。


『ゼロの恋人は、同じ部隊の青い新米ハンターだ』という噂を…。


「こ、これを知ったときのあいつの反応が見物だな…」

必死になって、込み上げてくる笑いを堪えるゼロ。
まさか、自分の存在が噂になっているなんて、エックスは気がついていないだろう。
そしてもしそれを知れば、真っ赤になって、またわたわたとゼロの所へ駆け込んでくるに違いない。

その情景がありありと思い浮かべられることだけでも、もう充分に楽しすぎる。

「エックス…お前という奴は、本当にオレを飽きさせないな」


あの存在が本当に手に入ったら、どれだけ満たされるのだろうか。
それを思うと堪らなくゾクゾクするが、でも今のこの関係も案外心地良くて。

暫くはこのままでもいいか、と思いながら、ゼロもまた出撃の準備を整えに行くのだった。




そうそれはまだ、2人の関係が先輩と後輩であったころの話。
ただの嘘にしかすぎないその噂話が、いずれ本当のことになることを今はまだ誰も知らない。




「やべ、今日のミッションって何なんだ…?(汗)」




END




設定としては、「運命の悪戯」→「the sound」の続きっぽい感じで。
ゼロはどうやら己の感情に気がついているようですが、エックスはまだ何も気がついてません。天然です。
たまにはこんな、何気ない話も良いかと…。どうもシリアスを考えていると、甘い話が書きたくなる。
ちなみにこのあと、ミッションの内容を理解していないゼロは、確実にシグマの雷を受けることでしょう…(笑)

桐屋かなる  2005.4.26(2005.5.12 改訂)
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