其の十一(こじゅまさ)


「政宗様、そろそろ終わりにしませぬか」
「Ah?何だ小十郎、もう終わりかよ?ちっ、つまんねえな」

小十郎が苦笑を浮かべながら木刀を納め、オレも少々の不満を口にしながらそれに倣う。
…そう言いながら、実際のところオレはかなり限界だった。息は上がってるし、何度も打ち合った衝撃で木刀を握る手は痺れてきてやがる。…見た目通り heavy なんだよ、小十郎の剣撃は。
それに比べて、終いにしようと言い出した小十郎はオレほど疲れていないように見えた。…Goddamn。

木刀とはいえ、小十郎と剣を合わせるときはいつも本気だ。…本気でやりあえる相手だから、加減なんてしてられねえ。その分、いつも時間も忘れてのめり込んじまう。
激しい運動を長時間続けたおかげで、この季節だっていうのに着物の下は汗だくになっててきもちわりい。

「あつ…」
「少々お待ちを」

小十郎がオレの分の木刀を手に屋敷へと駆けていく。その間にオレは井戸へ歩いて行って水をくみ上げた。
頭から被りたい衝動に耐えて(流石に風邪をひくだろう)待っていると、二人分の手拭いを持った小十郎が戻ってくる。着物の袖から腕を抜いて上半身を晒し、手拭いで汗を拭った。
まだ日は高いし、体中が火照っているから寒くはねえ。風呂って手段もあるが、暑いし no thank you だ。
それにしても…。

「…?何か?」

やっぱこいつ鍛えられたいい体してるよなぁ…。
逞しい腕、分厚い胸板、がっしりとした肩、いつもオレを守ってくれるデカい背中…。
いつ見たって惚れ惚れする。その力強さは、頼もしい一方で同じ男として嫉妬すら覚えるほどだ。
オレも結構鍛えてるんだけどな。小十郎と並ぶとそのオレが少しばかり華奢に見える。

「どうかなされましたか?」

その体格に見合ったパワーとスタミナは言わずもがな。その上あの踏み込みから繰り出す一撃からも分かるように、驚くほどのスピードも持ってやがる。…未だに小十郎には刀一本じゃ敵わねえ。
そんな最高の男が自分の右腕ならぬ右眼だっていうことは素直に嬉しいんだが、やっぱちょい羨ましいんだよ。

「…政宗様?」

気が付くと、オレがあまりにじっと見ていたせいか、小十郎が不思議そうな顔でこちらの様子を伺っていた。

「あぁ、いや、何でもねえよ」
「そう…ですか」

羨望の眼差しで見ていただなんて言いにくく何事もないよう取り繕うが、小十郎はまだ眉間に皺を寄せてオレを見ている。
オレは誤魔化すように目の前にある憎らしいほど太くて男らしい――でもそこが気に入っている首筋に腕を伸ばした。






其の十二(こじゅまさ)


「Trick or Treat!」

すっかり日も落ちそろそろかと思っていたまさにその時、政宗様がおいでになった。
黒い異国風の服装。下には襟付きの白い服を着込み、上には表面が黒で裏面が赤の外套を纏っている。
その格好(俺の記憶が正しけりゃ、吸血鬼ってヤツだ)に開口一番の言葉。間違いねぇ。

この「ハロウィン」とか言う異国の祭を知ったのは、数ヶ月前。政宗様と共に文献を読んでいた時だ。
その時の政宗様がヤケに興味深々なご様子だったからな。この催しを実行するつもりだとは予想できていた。
…しかし仮装はいいとして、確か菓子をせびりにくるのは子供の役割だったような気がするが…。
まぁ、一応用意はしておいたから問題はねぇ。

「どうぞ」

落雁や金平糖を入れた包みを差し出した途端、それまで楽しそうにしていた政宗様の雰囲気が一変した。
…変だな。仮装して訪ねてきた奴が決まり文句を言ったら、菓子を渡す。間違っちゃいねぇはずだが。
なら何で、このお方はこんなに不機嫌になるんだ…?

「こンのバカ十郎!何で sweets なんか用意して待ってんだ!」
「は?しかし政宗様、これが規則では…」
「Idiot!オレがんなモン期待してるとでも思ってたのかよ!?」
「いえ、政宗様があまり甘味をお好みではないことは心得ておりますが」
「こういう場合は『申し訳ございませぬ政宗様。菓子を用意しておりませんでした』『それなら、オレが悪戯しても文句言うなよ?』って展開になって、オレがお前に sweet な悪戯すんのが定番だろうが!」

どんな定番だ。と言うか、誰がそんな知識を政宗様に吹き込みやがった。今すぐ前へ出ろ、前だッ!

などと考えてる間に襟元を強引に掴んで引寄せられ、政宗様の吐息が首筋にかかっていた。
吸血鬼らしくそこに歯でも立ててくるのかと思ったが、訪れたのはきつく吸われた痛み。
刻まれただろう痕の上から顎までをゆっくりと舐め上げる濡れた舌の感触に、肌の下でざわりと何かが蠢いた。
やられた…まったく、いつもいつも貴方という人は…。

「次はお前の番だぜ、小十郎」
「…どうせ、菓子など用意してはおられぬのでしょう?」
「That's right!」






其の十三(武田軍)


朝一でお館様に挨拶したっきり、真田の旦那が部屋に閉じ篭もって出て来ない。
…変だ。あの旦那に限って普段ならそんな事ありえない。もしかして、旦那の身に何かあったのか?

「幸村の姿が見えんな。今朝は元気そうにしておったが」

お館様も心配してるよ。ここはこの猿飛佐助が様子を見に………ん?足音?

「ぅおやかたさむぁぁああああ!」

聞きなれた絶叫と共に、力一杯開けられた襖。間違えるわけがない。振り向けばそこには、紅蓮のニ槍使いや虎若子の異名を持つ戦国の雄にして俺様の主、真田幸村その人が立っていた。
………ねえ、真田の旦那はいつどこで重傷を負ったの?あ〜でも、重傷なら走ったりできないか。
なら何で、旦那は顔やら腕やら足やらを包帯で覆ってるわけ?しかもめちゃめちゃだし。

「旦那、どうしたの…その包帯」
「うむ!みいら男とやらの格好だ!」
「みいら?あ…もしかして異国の………そっか、今日ハロウィンだっけ?」

何だ、そういうことね。お館様はハロウィンを知らないだろうから、取りあえず旦那は異国の仮装しているんだと説明しておいた。
随分前に竜の旦那に聞いたっけ。今日がハロウィンか。すっかり忘れてたわ、俺様。
しっかし、よく覚えてたなぁ、旦那。…あ、そっか…甘味が関わってるんだっけ。
あ〜、そうそう、確か仮装した奴が決まり文句を言って――。

「では、いざ参る!『取り付く尾、あ、鳥と!?』」
「………は?!」

え、あの、ちょっと待って。そんな言葉だったっけ!?

「『取り付く尾、あ、鳥と』ではなかったか?」
「いや、何か違わない!?似てる気もするけど絶対違うって!」
「そうか?では一体何であったか…」
「『トリック オア トリート』であろう、幸村よ。受け取れい」

決まり文句を忘れた俺と旦那があーだこーだ言ってたら、突如お館様がそう言って旦那に包みを渡した。
なーんだお館様、ハロウィンのこと知ってたなら最初から言ってくださいよ。しっかり団子まで用意しちゃって。
さすが大将!真田の旦那が惚れるわけだ。旦那ってばほんと嬉しそうな顔しちゃって。

あ。俺様…甘味用意してないじゃん。やべ、旦那に気が付かれる前に退散退散!






其の十四(チカナリ)


海を挟んだ隣の国から、今日もこの俺が治める鬼の棲む島に客がやって来た。
いつの間にやら野郎共ともすっかり馴染んじまってる毛利家当主、毛利元就。………だよな?

「貴様、何をそのような呆けた面で我を見ている」
「あ、いや、なんでいつも以上に全身緑なんですか、毛利さん?」
「毛利ではない。今日の我は『日輪に愛されし森の妖精』である」

…毛利だ。間違いなく毛利だ。よくわかんねえけど絶対に毛利だ。日輪とか言ってるし。
あ〜、で、こいつは一体何しに来たんだ?

「何をしている。早く菓子を寄越さぬか」

………菓子?
はっは!なるほど、そういう事か。

「あんた、ハロウィンしに来たのか。なら初めっから『トリック オア トリート』って言えよな」
「…知っていたのか。つまらぬ」
「おい、馬鹿にすんじゃねえよ。こちとら、海を渡る海賊だぜ?」

俺としちゃあ、何であんたが知ってんのかが気になるけどな。
ハロウィン…てことは、その全身緑は仮装ってわけか。もっといつもと違う格好にすりゃいいのによ。
大体『日輪に愛されし森の妖精』ってやつは一体何なんだ、おい。

「てか、わざわざそれだけの為にここまで来たのかよ?」
「何を言っている。この行事は、近所の者の所に行くのが基本であろう?」

近所か。瀬戸内海挟んだこの距離は近所なのか。そりゃ確かに、奥州とかと比べりゃ近いけどよ。
あんた、自慢の水軍何だと思ってんだ…。
本当にわかんねえ野郎だぜ。ま、何だかんだ言ってこいつが来ると面白れえから大歓迎なんだけどな。

「手近に今、饅頭しかねえんだ。粗品でわりぃな、ほらよ。これで“悪戯”はなしだぜ?」
「わかっている」
「あと、どうせいつもみてえに寛いでくんだろ?おい野郎共、甘味と茶だ!どうせならたっぷり用意しろよ!」
「ふん……貴様がそう言うなら、少々滞在していってやろう」

…な、何だぁ?突然、やけに嬉しそうな顔しやがって。氷の面が易々と剥がれてんじゃねえか、毛利。
もしかしてこいつ、顔に似合わず甘味好きだったのか?




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