Jealousy




「♪〜 外の空気が気持ち良いぜ」

山のように積まれた仕事に何とか区切りをつけ、政宗はようやく僅かながら自由の時を手に入れた。
部屋から開放された政宗が向かうのは、竜の右目と呼ばれる男の居所。政宗の右腕である彼もまたいつも膨大な仕事に追われていた。
せっかくだから一緒に休憩をとって、他愛もない話をして、疲れを癒そう。政宗はそう考えていたのだ。

だから、まったく想像していなかった。



「小十郎!」

彼の部屋に辿り着いた政宗の両手が、スパーンと小気味良い音を立てて襖を開ける。
政宗のこの行動に、小十郎はいつも開口一番小言を連ねた。

曰く、「もう少し落ち付いた振舞いをなされよ」。
曰く、「襖が痛みます。何枚破壊されたら気がすまれるおつもりか」。

しかし政宗は一行にこの行動を改めるつもりはなかった。彼はもしかしたら、小十郎の小言を聞くのが好きなのかもしれない。
だが、いつも間髪容れずに飛んでくるその小言が、今日は聞こえてこなかった。
隻眼が、驚きに見開かれる。


「…小十郎?」


政宗はまったく想像していなかったのだ。
小十郎が部屋にいないなどと。


仕事の途中で休憩を取った自分の部屋とは違い、筆も硯も紙もしまわれていて片付いている小十郎の部屋。
今日の小十郎は城詰のはずだ。それなのに、なぜ部屋の主はここにいない?
がらんとした人気のない部屋。それはまるで、小十郎が消えてしまったかのように見えて…。

「お、おいっ!」

政宗はらしくもなく慌てて部屋の近くにいた小姓の一人をつかまえ、問いただした。

「小十郎はどこ行ったんだ?!」
「こ、小十郎様なら、先ほど菜園でお見かけいたしましたが」


小姓の答えに、政宗の時は一瞬止まる。
菜園。畑。…野菜。



「Goddemn!」



叫ぶやいなや、猛烈な速度で駆け出していく政宗。
そんな常らしからぬ主の様子に、小姓が主の体調と精神状態を心配していたなどと彼は知る由もない。






「小十郎――――ッ!!」

名を呼ばれて顔を上げた小十郎は、物凄い形相と足音でこちらに駆けて来る政宗の姿を見た。
その様子を例えるならば、まさに逆鱗に触れられた竜とでも言えば良いだろうか。
他の伊達家の家臣や小姓が見たら、まず腰を抜かすかあまりの衝撃に声も出ないに違いない。

だがそこは竜の右目。小十郎は内心驚きながらも極めて冷静に、至って普段通りに政宗へと声を掛けた。


「これは政宗様。そのように慌てて…何か火急の用でもありましたかな?」
「え?!あ、いや、その、そういうわけじゃねえんだが」


意気込んでいたところをあっさり出鼻を折られた政宗は、そんなつもりはなかったのについつい素直にそう返してしまった。

「まずは落ち付かれよ。それでは、何故こちらに?」

それどころか、傍へ歩み寄ってきたかと思うと肩で息をする主を案じて背をさすり、優しく問い掛けてくる小十郎を見て――。


「…は、畑仕事を手伝いに…」


政宗は、思わずそう口走っていた。


「それはありがとうございます、政宗様。それではお言葉に甘えて…」


政宗の前に差し出されたのは、柄杓と水の張られた桶。
ここにやってきてからほんの一時もたたぬうちに、政宗は何故かすっかり小十郎の手伝いをしていたのだった。



「(…何でオレ、こんなことしてんだ…)」


小十郎に頼まれた通り、新しく種を植えた場所に水を撒きながら、政宗は今の自分の状況に今一度首を捻らずにはいられなかった。

自分は確か、小十郎に対して腹を立てていたはずだったのだ。
一言文句なり何なり言おうと思っていたのに、上手いこと小十郎に躱されてしまった。

ちらりと小十郎を盗み見る。
竜の右目は、戦場で見せる苛烈で勇猛な姿が嘘のように、至極穏やかな様子で野菜達と向き合っていた。
いつもは自分の髪を撫でる手が、今は慈しむように里芋の葉を撫でている。


それを見て、政宗はまた腸が煮え繰り返ってきた。治まったはずの怒りの感情が甦ってくる。

わかっているのだ。小十郎が作る野菜は、全て自分のための物。
今は半分小十郎の趣味のようになっているが、昔は食の細かった梵天丸のために、そして今は料理好きの政宗のために、小十郎はこうして野菜を作ってくれている。
だが、わかっていても納得出来ない。



部屋を訪ねたら姿がなくて心配したのに、こんな所で土いじりかよ。
っていうかお前、仕事片付いたならオレんとこ顔出せよ。何で即行畑行くんだ、畑。
頑張って仕事に一区切りつけてお前に会いに行ったオレの気持ちはどうなる、このバカ十郎。


柄杓を握る政宗の右手が震えてくる。
六爪を操る彼の並外れた握力に耐えきれず、柄がみしりと嫌な音を立てた。


もしかしてアレか。「オレより野菜が大事かよ!?」とか言って小十郎を問い詰める場面かコレ?
って、そんなバカなこと言えるかよ。仮にもオレは奥州筆頭独眼竜だぞ?!
Damn it!全部野菜のせいだ野菜の!小十郎はオレのものだ!!
…いや、やっぱ小十郎が悪い!もっとオレを構えってんだコノヤロ――ッ!!



怒りに我を忘れた政宗は無意識に手の中の柄杓を放り投げ、地面に置いていた桶をガシリと掴み。



「Shi――t!!」



そしてそのまま鬱憤を晴らすかのように、中になみなみと入っていた水を思いっきりその場にぶちまけた。
何も考えずに。



「ぅおっ?!」
「…あ?」



バシャッ!という盛大な水音と共に、くぐもった声。
予期せぬ音に一瞬呆けた声を出した政宗だったが、“それ”に察しがついた途端に頭に上っていた血がザッと下がった。
冷汗すら感じながら、よもやまさか…と恐る恐る視線を先に向ける。


「…政宗、様…」
「(Oh,my,God!)」


政宗は思わず頭を抱え、叫び出したい衝動にかられた。
そこいたのは、したくもなかった予想の通り、ずぶ濡れの姿でわなわなと肩を震わせる片倉小十郎その人だった。
いつも綺麗に撫で付けている髪は無残に乱れ、ぽたぽたと水滴が垂れている。
突然の衝撃から咄嗟に身を守ろうとしたのだろうか、その顔は片手で覆われていた。

彼自身や彼の着物をずぶ濡れにさせた要因など、考える間でもなく一つだ。


「So…sorry,小十郎。だ、大丈夫か?」

口では小十郎に詫び、その身を案じながら、政宗の足は少しずつだが確実に後退を始めていた。
怒られる。間違いなく怒られる。それも尋常じゃない勢いで。
表情を窺い知ることはできなかったが、確実に小十郎は怒っているだろう。絶対にこれは小言などではすまされない。
逃げなければ…逃げきらなければ、特大の雷を皮切りに怒涛の説教が始まることは想像に難くない。

政宗は逃走を決心した。
だが、足に力を入れて身を翻そうとした瞬間――政宗の視界に飛び込んできたのだ。



顔を覆っていた手を外し、そのまま濡れて乱れた髪を手櫛で掻き上げる小十郎の姿と。
その手の下から微塵も揺らがず真っ直ぐに向けられる視線が。



まさに水も滴るなんとやら。目の前の男の全てに一瞬のうちに目を奪われた政宗は、結果逃げることも出来ずに小十郎の接近を許してしまった。
瞬く間に小十郎によって片腕を捕らえられ、政宗はチャンスを逃したことを後悔をする間もなくその場に拘束されてしまう。
小十郎の目は………僅かながらも笑ってはいなかった。

「政宗様…、政宗様のお心、この小十郎しかと受け止めました…」

握られた腕は外れそうにもない。小十郎はどうあっても、政宗を逃がさぬつもりのようだ。
激情を抑えたかのような低い声音に、政宗の恐怖心は一気に加速する。それはもう幼い頃からの習性で、意思とは関係なしに勝手に身が竦んでしまう。

「是非とも政宗様には、この小十郎の心中をお聞きになって頂きたく…」
「Wait…こ、こ、小十郎…」

可哀相なほど身を強張らせる政宗は、捕らえられた腕に力が入れられても抵抗すらできなかった。
グイッと引寄せられて、小十郎との距離がゼロになる。至近距離から放たれるであろう怒号を覚悟して、政宗は身構えた。

…しかし、いつまでたっても鼓膜を破るかのような激しい衝撃は訪れない。不審に思ってそろそろと政宗が見上げると、小十郎は笑みを浮かべていた。

耳元に口を寄せられ、囁かれたのは想像もしていなかった言葉。



政宗様の方が大事に決まっております。今夜は存分に構って差し上げる



言い終わると、驚くほどあっさりと小十郎は政宗を開放した。
そしてそのまま「誰か、拭く物と着替えだ!」と言いながら、まるで何事も無かったかのように城へと戻って行ってしまう。

一人残された政宗は、そんな小十郎の背中を呆然と見遣りながら立ち尽くし。



「………〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」



その後ようやく言われたことを理解して、頬に朱を走らせながら声にならない叫びを上げるのだった。

どうやら心情を声に出していたらしい己の失態と、小十郎が残した言葉の意味を悟って。









こじゅまさ第二弾(←どうやらこの呼び名で定着したらしい)。
今回は、アレがやりたかったんです。小十郎に水をぶっかけたくてw 参照→仁吼義侠に頭から水をぶっかけたい 同盟
それと、野菜にすら嫉妬する独占欲の強い政宗様…かな。
小十郎が野菜作りを始めたのはどんな理由なんでしょうね?個人的には政宗様絡みであってほしいですが。
野菜嫌いの梵天丸の為にっていうのもいいけど、今の私は「右目のことや母親のことで塞ぎ込み、食が細くなってしまった梵天丸の為」っていうのが密かなブームですw

政宗様は襲い受けが似合うなあと思っているので(爆)、大抵の場合は政宗様押せ押せ。
一見したら逆に見えるかもしれない。でも、あくまでもこじゅまさです。逆は有り得ません。
…まぁいくら政宗様が押しても、所詮は若造なので。
最後の最後で、大人な小十郎の反応にやり込められてしまえばいいよ。結局は小十郎に敵わない政宗様。

…っていうか、もうこのまま続きを裏で書いt(強制終了)。

桐屋かなる  2006.9.7
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