戦場で覚えた、しかし決して慣れることのない咽かえるような血臭。 生温かい頬を左手の甲で拭えば、べっとりと赤い血が付いた。 それは、己の流したものだろうか。それとも目の前に倒れる、己が斬り捨てた者のなのだろうか。 一振りのみ手にしていた景秀を眼球だけ動かして見れば、鋼の刀身は同じ“赤”を纏ってぎらりと輝いていた。 味方の歓声が掻き消えるほど、どくどくと脈打つ音だけがやけに大きく聞こえる。 勝鬨が上がっても、政宗はその場から動けなかった。 昂ぶったままの神経。叫び出したくなるような衝動を、必死で押さえつける。 強かった。ゾクゾクするような、どこまでも血の滾るような戦ぶりを見せてくれた総大将だった。 だから、収まらない。躯が疼いてどうしようもない。 「政宗様」 高鳴る鼓動ばかりが響く耳に、しかしながらその声はするりと届き入った。 言葉に出来ない熱にがんじがらめにされていた政宗の体は、その瞬間自由を取り戻す。 真後ろから聞きこえた声にゆっくりと首を巡らせると、いつの間にかそこには、血に染まった黒龍を手にして立つ小十郎の姿しかなかった。 刀同様、彼自身もまた血に濡れていたが、多分全て返り血だろう。小十郎が怪我を負っているような素振りは全くない。 政宗は小十郎にピタリと視線を合わせる。そしてそのまま、何気ない――だが一分の隙もない動作で彼へと向き直った。 政宗の口が、弧を描いて釣り上がる。至極、嬉しそうに。 「よお、小十郎」 冷め遣らぬ、興奮。 抑え切れぬ、欲動。 政宗の全てが、目の前の男を求めていた。 ガキィン、と重く鋭い金属同士がぶつかり合う音を残し、二人の体は飛び離れる。 タイミングも威力も、何もかもがまるで示し合わせたかのような一手だった。 たった一撃――されどその一撃だけで、期待に肌がゾクリと粟立つ。 逸るように脈打つ胸の動悸が、昂ぶる感情を後押しする。 飛び退った政宗は、しかしながら僅かな停滞もなく刀を構え、大地を蹴立てて小十郎へと猛進した。 足下にある血溜まりでさえ、今の政宗には何の障害にもならない。 雷光の如く振り下ろされた袈裟懸けの斬撃が、迷いもなく小十郎の肩口を襲う。それを下から跳ね上がった刀が受け止め、弾き返した。 政宗はそのまま手首を返し、左から右へと一閃する。だが小十郎はその攻撃を読んでいたのか、やはり打ち払うようにして易々と防いだ。 三度の攻撃は、下から打ち上げる剣撃。凄まじい勢いで目の前の男へと迫る刃は、しかしながら今回は何にもぶつかることなく空を斬る。小十郎は身をそらして躱したのだ。 政宗の身体が僅かに泳ぎ、体勢が崩れた。そこへ、今まで防戦一方だった黒龍が唸りを上げて襲いかかる。寸分の狂いもなく首筋へと振り下ろされる刀――反応したのは、もはや政宗自身の意思ではなく本能だった。 鋼の噛み合う音が高く響く。 政宗の腕はなんとか刀を振り上げ小十郎の斬撃を受け止めていたが、力と体勢の差から彼は徐々に押され始めていた。じりじりとその首元へと近づいていく凶器。 二振りの刀を挟んで、二人の視線が絡み合う。 この状況で小十郎が見せたのは、口の端を上げた不敵な笑み。 そしてそれを見た政宗が浮かべたのは、まさに会心の笑みだった。 「Yeah!」 叫ぶと同時に、政宗は全身のバネを使って小十郎の刀をぐいっと押し返し、払い除けた。反撃の一手は、その勢いを乗せて回転しながら繰り出される上段の一撃。 空を裂く剣撃は紙一重のところで身を捻って躱された。小十郎はその反動を利用して正面へと刀を横に薙ぐ。 咄嗟に低くした政宗の頭の上を掠める鋼の塊。既にその頭上に三日月の前立が目を引くあの兜はなく、鳶色の髪が数本斬り飛ばされた。 舌打が小さく鳴る。政宗は訪れたチャンスを逃さなかった。 振り切られた黒龍が戻されるその前に、がら空きになった小十郎の胴を目掛けて景秀を突き出す。低姿勢のまま左足に力を入れ、伸びあがる動きに合わせて繰り出した無駄のない神速の一手。 防ぐ手立てのない小十郎は、大きく後ろに跳んでその一撃をやり過ごす。 しかし政宗はその動きを読んでいた。もらった、とばかりに足下の血を跳ね上げながら跳躍する。そして自然落下の勢いに刀と己自身の自重を乗せ、動きの止まった小十郎へと渾身の力を込めて打ち下ろした。 火花を飛び散らして再び重なる鋼と鋼。 政宗の必殺の一撃を、小十郎は受けていた。刀を顔の前で水平にして構え、落ちてきたとてつもない衝撃に耐える。全身の筋肉が軋むように悲鳴をあげたが、それでも小十郎の身体は揺らがない。 隻眼は驚愕と感嘆に見開かれ、そして心底嬉しげに細められた。 ――瞬間、政宗を襲う衝撃。 着地したばかりの彼を目掛けて、繰り出された蹴り。足下に叩き込まれたまさかの攻撃に反応できなかった政宗は躱すことも防ぐこともできなかった。 刹那彼の体は宙に浮き、そして見事に背中から地面へと叩きつけられる。 受け身も取れなかった政宗が派手に倒れた音を最後に、二人の攻防は終わりを告げた。 肩で浅く呼吸をする。戦で昂ぶった神経は、小十郎との打ち合いによって鎮まり始めていた。 暴れ狂う鼓動が煩い耳に、土を踏みしめ近づいてくる音が滑り込んでくる。 それまで倒れたまま動こうとも立ち上がろうともしなかった政宗は、ようやくのろのろと上半身を起こした。 「おい、kickは反則じゃねえか?」 小十郎へと向ける表情に、既に激しさはない。 戦の記憶や未だ立ち昇る血臭は、もはや政宗の躯に抑え切れない衝動や疼きをもたらしはしなかった。 「ああでもしなければ…。今日の政宗様はいつもより猛っておいででしたからな」 「Shit!上手いこと纏めやがって…」 まるで拗ねたような物言いに小十郎は苦笑を浮かべ、ごく自然に起き上がろうとしている主に手を差し出す。 一瞬躊躇した政宗だったが、結局は観念したのかしぶしぶと右手を伸ばした。 無言のままに小十郎へと手を重ねたその瞬間、触れ合った部分から痺れるような感覚が走り抜ける。 途端、鎮まりを見せていた欲動が一気に甦り、瞬く間に全身を支配した。 ――いや、不完全燃焼で燻っていたものに火がついたと言った方が正しいだろう。 ドクン、と一際大きな音を立てて、竜の心臓が脈を打つ。 収まるはずがなかった。鎮まるはずがなかった。 これだけでは。 小十郎が重ねられた手を握り、腕の力だけで政宗を引き起こす。 その手を振り解き小十郎の胸座を両手で掴むと、そのまま力任せに引寄せ噛みつくようにして唇を合わせた。 荒々しく口付け性急に求めてくる政宗を、小十郎は止めも遮りもせずに受け止める。 最後にゆっくりと唇を舐め、ほんの少しだけ政宗は身を離した。 小十郎を見上げる独眼に宿るのは、隠し様のない欲情の色。 「あんなので足りるかよ。わかってんだろ?」 冷め切らない何かが、目の前の男を求めて政宗の心を駆り立てる。 躯に燃え広がるこの熱さをどうにかしなければ、狂ってしまいそうだ。 「さて、何のことですかな?」 返って来たのは、はぐらかすような言葉。 だが言葉とは裏腹に、見下ろしてくる小十郎の目はまぎれもなく政宗と同じ光を湛えていた。 真っ直ぐに向けられるその視線に眩暈すら感じながら、政宗は満足げな微笑を刻む。 するりと伸ばした片腕を太い首に引っかけ、伸び上がるようにして僅かな距離を詰めた。 「お前の竜をオレに寄越せ」 「承知」 まだ熱は下がらない。 終 こじゅまさ第三弾。こじゅまさです。逆じゃありません。 今回は、完全に趣味に走りました。すみません、どう見たって力入れる所間違えてます。 でも楽しかった…政宗様と小十郎のマジバトルw 一応こだわってて…政宗様は一刀流のみの攻撃です。 動きも、ほぼゲーム通りのはず…でも六爪使えないから、ちょっとバラエティに欠けた…orz シリアスでアダルティな感じを目指したんですが…上手くいったのか不安です。 それと、政宗様襲い受けな感じも目指してみたり(爆)。 戦後で昂ぶる竜、双龍の真剣勝負、政宗様襲い受けと、好き放題やりたい放題しました。 …正直言うと、最後の台詞を一度でいいから言わせたかったので、ホント満足です。 桐屋かなる 2006.9.9 |
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