暖かな日の光に抱かれ、穏やかに流れる時に身を任せる。
それは戦の合間に訪れる、片時の平和。





束の間の休息





もう初冬だというのに、その日は何とも言えぬ心地良い日差しに恵まれていた。


「お館様、良い天気でございますなぁ」
「うむ、そうだな幸村よ」

常とは違い、ゆっくりのんびりと言葉を交わす幸村と信玄。二人、仲良く並んで寝転がっている。
その体の下にあるのは館の床でも畳でも布団でもなく、地面。
太陽の光が昼寝には少々眩しすぎるほどだったが、そこには日差しを遮るものなど何もなかった。

二人が本来居るべき場所である屋敷は、遥か遠くだ。


「今頃、皆が大慌てで探しておるやもしれんのう」
「佐助の怒った顔が、目に浮かぶでござる」
「おお、わしもだ」

そう言うと、二人は示し合わせたかのように顔を見合わせる。

「こっそり抜け出して来て、正解であったな」
「はっ。流石はお館様」

そして、一呼吸置いた後にどちらからともなく笑い出した。
まるで、悪戯が成功したときの子供のような顔をして。

二人は誰にも告げずに黙って屋敷を抜け出してきたのだ。もちろん護衛もつけず、仕事等全てほっぽり出してきた。
武田軍総大将である信玄と軍筆頭とも言える幸村が揃って屋敷から消えたのだ。もちろん、家臣達は大慌てである。



ひとしきり笑うと、また二人はのんびりと空を見上げた。
遠いところから鳥のさえずりが聞こえる。風は穏やかに吹き、空には雲一つない。なんとものどかな日だ。




「静か、よのう」


こうしていると、世はまさに戦国であることなど嘘のように思えてくる。
だが、そんなわけもない。

少し前に各地で大きな戦が相次ぎ、今は周りの国がどこも動きを見せていないだけだ。
今こうしている間にも、確実に世は乱れ、罪のない幾つもの命が失われつつあるだろう。
苦しむ民の為にも、一日も早く天下統一を果たさなければならない。

これは束の間の平和。たった一時、一時だけの偽りの平和なのだ。
そんなことは、信玄も幸村も百も承知である。


でも、だから。



「はっ、まこと静かでありまする」



だから今、この時だけは――。






「お館様〜、真田の旦那〜〜っ!?」

遠くで自分たちを呼ぶ声が聞こえて、二人は体を起こした。
かすかな声だが、押さえ切れない怒りが込められていることがよく分かる。どうやら声の主はかなり御立腹のようだ。

「佐助か。思ったよりも早かったでござるな」
「はっはっは。流石は佐助といったところか」

どうやらその人物――佐助が探しに来ることを予測していたらしく、信玄と幸村は特に慌てた様子もなくのんびりと言葉を交わしていた。
そんな二人の耳に、遠くからではあるが一際大きい佐助の怒号が届く。

「大将、旦那、見付けたぜ! あんたらそんなとこで何やってんですか!!」
「おお、見つかってしまったぞ、幸村」
「物凄い勢いでこちらへやって来ますな、お館様」

だがそれでも、二人は慌てることなくゆっくりと立ち上がり、服に付いた土や草を払った。
そして目と目を合わせると、同じように口の端を上げて笑う。

言葉など必要ない。

二人は同時に駆け出し、来る時に乗ってきた馬に飛び乗ると、一目散にその場から逃走した。


「あーっ、ちょっと逃げるわけ!? しかも馬!? こっちは徒歩だってのに…って人の話聞け――っ!」



追いかけてくる佐助の姿が、徐々に小さくなっていく。
並んで駆ける信玄と幸村は、心底愉しそうに笑い声を上げるのだった。






時がくれば、またこの身は戦地へと赴くだろう。
天下泰平という志の元に、手にした武器を振るうのだろう。

偽りの平和を、真の平和にするために。


だからせめて今だけは、一時の休息を。
今だけは何もかもに目を瞑ろう。永久には続かない、束の間の休息だから。









1周年&1万HIT超えを記念して。これも皆、お客様のおかげです。本当にありがとうごいます。
日頃の感謝の気持ちを込めて、1ヶ月間フリー配布となっていた作品です。
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信玄&幸村でほのぼのと。そして相変わらず佐助は苦労してます(笑)。
戦続きの戦国時代。その合間には、こんな穏やかな一幕があってもいいんじゃないでしょうか。

しかし、のほほんとしているために、らしくもなく幸村が「お館様ぁああ!」と叫んでいません。
お館様も叫んでないし、二人で殴り合ったりもしてません。…まぁ、たまにはいいよね?(笑)

桐屋かなる  2005.12.4
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